院長 勝沼隆之

院長 勝沼隆之

  • 院長・歯科医師 勝沼 隆之
  • 1980年8月19日生まれ 獅子座 O型
  • 2005年3月 日本歯科大学 新潟生命歯学部 卒業
  • 2005年4月~2009年3月 医療法人社団 小野歯科クリニック 勤務
  • 2009年4月~ 勝沼歯科医院
  • 厚生労働省指定臨床研修医指導歯科医師
  • 日本歯周病学会 認定医
  • 日本口腔インプラント学会 専修医
  • 日本顎咬合学会 認定医
  • 日本再生歯科医学会
  • 日本健康医療学会 コーディネーター
  • NPO法人 埼玉インプラント研究会
  • AFD(未来歯研)会員
  • 寺子屋塾 会員
  • ACP(Associates of Clinical Periodontology)会員
  • DHA(Dental Health Associates)会員
  • KDHM(Kansai Dentist Hygienist Meeting)会員
  • DHA(Dental Health Associates)12ヶ月コース 2009
  • Nobel Biocare ブローネマルクインプラントコース 2009
  • 歯科矯正コース 2009
  • 3Dタイポドントコース
  • フィニッシングコース
  • アドバンスコース
  • NPO法人 埼玉インプラント研究会主催 インプラント100時間コース 2010
  • スプラインHAインプラント ベーシックコース 2010
    スプラインHAインプラント アドバンスコース 2010
  • 歯周治療臨床実践コース ベーシックコース 2010,11
  • 歯周治療臨床実践コース アドバンストコース 2011,12,13
  • スウェーデン Göteborg大学歯周病科 研修 2011
  • マイクロエンドコース ベーシックコース 2012<
  • マイクロエンドコース アドバンスコース 2013
  • スウェーデン Göteborg大学歯周病科・カリオロジー科 研修 2013
  • スイス Geneva大学 他 研修 2013
  • 丸茂研修会 2013~
  • イタリア Padova インプラント研修 2015
  • 書籍「スウェーデンスタイルがあなたの歯を守る」海苑社刊に歯周病治療に力を注ぐ「信頼できる歯科医院」として紹介掲載。

【クレド・信条】

勝沼歯科医院を、共に働くメンバーが充実した毎日を送り、自身の成長と、この仕事にやりがいを感じられる世界一の場所にしていきます。

私は、歯科医療で一番大切なものはチームワークだと考えております。

私がたった一人で医院を発展させようとしたら、きっと勝沼歯科医院はみるみる衰退し、そしてつぶれてしまうでしょう。逆に勝沼歯科医院チームメンバーそれぞれが、この仕事にやりがいを感じ、自身の最高のパフォーマンスを発揮することができれば、どんな壁も乗り越えていけると確信しております。

個人では足りない部分をお互い助け合い、補い合えるチームが出来れば、きっと一人では成し得なかった事を次々と実現できるでしょう。
そして、それが患者さんにとって私たちが出来る最高の事に繋がると信じています。

私の役目は、医院を引っ張るリーダーとして、チームメンバーが自信を持って能力を発揮する事ができる、そういう環境を整える事です。

【クレド・信条】

患者さんへ

歯科医院に来院される理由は、人それぞれです。それぞれの患者さんが、それぞれの悩みを抱えて来院されます。

縁あって勝沼歯科医院に来院してくださった患者さん。一人でも多くの方がそれらの悩みから解放されたなら、これ以上歯科医師冥利に尽きることはありません。

私たち勝沼歯科医院メンバーは一人一人の患者さんと向き合い、一丸となってお口の中の健康を守るサポートをさせていただきます。

【出生~幼稚園の頃】

【出生~幼稚園の頃】

一番わんぱくだったのが、幼稚園の頃かもしれません。木登りと自転車が大好きで毎日のように外で遊んでは、いたるところに傷をつくって帰ってきました。

思えばこの頃から負けず嫌いで、自転車の競争をして勝てなかった友達に、勝てるまで何度も何度も勝負を挑んだことを覚えています

妹に加え、弟ができ、小さいながらに「僕がお兄ちゃんだから、しっかりしなきゃ」と感じていたことを今も覚えています。

【小学生の頃】

積極的に前へ出るタイプではなく、引っ込み思案な性格でした・・授業は男子小学生なら大体の子が好きなように、図工と体育が好きでした。子供なりにこだわりを持っていたようで、図工の授業で何かを制作する時も、こだわりを追求していると時間内にはとても作りきることができずに、いつも「もう終わりか~」ともっと良いものを作りたいという情熱があったように思います。

【小学生の頃】

塾に行くということが、なんとなく大人で格好良い気がして、両親にお願いし、4年生の頃から塾に通い始めました。しかし、小学生の私が想像していた以上に塾は大変で、先生も厳しく、小学校とのギャップに驚愕したことを覚えております。

本当はすぐにでも辞めたいという気持ちがありましたが、自分から言った手前、「辞めたい」とは絶対に言わないと決めていたため、6年生の冬までなんとか通い切りました。

【中学・高校時代】

中学・高校と私は全寮制の学校に進学しました。ここでは本当に多くの時間を仲間たちと過ごしました。同じ釜の飯を食べ、同じ風呂に入り、同じ部屋で暮らす、というまさに裸の付き合いをしてきました。

ここにはテレビやゲームは無く、その分友人や先輩後輩と関わる時間が多くありました。

初めの頃こそそれを煩わしく思うこともありましたが、青春時代に苦楽を共にした仲間たちとは今でも良い付き合いをさせてもらっています。

中学2年生の時にエレキギターに興味を持ち、そのままのめり込みました。リコーダー以外の楽器をやるのは初めての私でしたが、教則本を買い、寝る間も惜しんで必死に練習しました。練習して初めてちゃんと曲が弾けた時のあの喜びは今でも覚えています。

努力をすればそれに見合った結果がついてくる。ということを、エレキギターを通じて学んだ気がします。

【中学・高校時代】

それから、私は文化系の人間でしたが何か一つくらい体育会系の人間に負けない力をつけたいと!との思いから、毎晩のランニングを始めました。

昔から長距離走だけは大嫌いでしたが、短距離走では陸上部にはかなわないでしょうから、あえて長距離に挑みました。

その後の学年ごとのマラソン大会で200人中11位という結果で、この時一番になることは出来ませんでしたが、気がつけば走ることが結構好きになっていました。

それまで嫌いなもの苦手なものは、初めから避けることがほとんどでしたが、この経験は「苦手なことや無理そうなこともまずはやってみよう!」という今の自分の基となっているのかもしれません。

高校生になり今後の進路について考えるようになりました。

祖父、父、と二代続いている歯科医院の息子であれば当然それを継ぐだろうと皆さん考えるかもしれません。両親もそう考えていたでしょう。

もちろん私も、父の仕事をする姿を見ていて歯科医師という職業にはとても魅力を感じていました。しかし一生の仕事を決めるとなったときに、「自分は何になりたいんだ?」「本当にやりたいことは何なんだ?」と本気で悩みました。

そのことについて、その後両親とは何度も何度も、時にはお互い泣きながら話し合いました。今思えばこの時ほど両親と腹を割って真剣に話し合ったことは無いかもしれません。

お互いの想いを伝え合ったことで進むべき道にも整理がつきましたし、そんな時にも真剣に向き合ってくれて、大学にも進学させてくれた両親にはとても感謝しております。

進む道がはっきりした後は、勉強そっちのけで音楽をしていた分、必死で勉強をし、なんとか歯学部に受かることができました。

【大学時代】

大学ではしっかりと学んで、立派な歯科医師になるぞ!という気持ちを持ちつつも、バンドと部活に明け暮れるという生活を送っておりました。こんな世間知らずの私を、何一つ文句を言わずに支えてくれた両親にはいくら感謝をしてもしきれませんが、そのおかげで大学の中の生活だけでは出来ないような、様々な経験と沢山の仲間に出会うことができました

【大学時代】

それは今でも私の人生の大きな財産になっています。

5年生になると病院実習が始まり、毎日実際の患者さんと接する機会ができました。今まで感じたことのない緊張感と、歯科医師という職業の魅力をその中で感じることができました。

それをきっかけにするかのように、その後は(自分なりに)勉学に励み、無事国家試験に合格。晴れて歯科医師になることができました。

【歯科医師となって】

「これからは歯科医師としてどんどん活躍していくぞ!」と、やる気満々で歯科医師として働き始めましたが、新人の頃は治療の技術も知識もベテランのドクターには遠く及びません。「別の先生に代わってもらえますか?」と自分に力が無いため、悔しい思いをしたことも一度や二度ではありません。

その度に自信を失いそうになりましたが、少しでも早く一人前のドクターになるために、診療後は毎日のように自主練習をするようになりました。また、休日はなるべく講習会に参加するようにし、まだまだ足りない自分の知識や技術の向上に励みました。

はじめの4年間は新潟の歯科医院で勤務医をしておりましたが、そんな何もかも未熟だった私を受け入れ、育ててくださった院長先生には今でも感謝しております。

仕事に対して一切妥協をしない先生から、プロとして仕事と向き合う姿勢や医療人としてのあり方を学びました。

【そして、勝沼歯科医院へ】

【そして、勝沼歯科医院へ】

実家に勤めるということは、他の歯科医院に勤める場合よりもアドバンテージが多いものです。

若そうに見えても、自己紹介をすれば「院長先生の息子さんなのね~!」とそれだけで安心感を持って頂ける患者さんもいます。

また、スタッフも院長先生の息子ということで気を遣ってくれる。診療にしても、何も知らないところで一からやるよりも慣れ親しんだ場所で始められるのだから、気持ちの面でもよほど楽です。

まず、それらに甘えないことを心に決めて実家に戻ってきました。

医療は日進月歩です。技術力・知識力向上のための自主練習や勉強会への参加、他医院さんへの研修は、これでもかというくらい行うようになりました。それこそ当時は3ヶ月に一度休みがあれば良い、というような状態でした。

今ではそれが私の中での“当たり前”になっています。

また、診療に対しては「常に真摯であれ」をモットーに臨んでおります。

治療をはじめ、コミュニケーションや説明など、家族や大切な人たちが安心して受けられる診療を心がけております。

これまでは、自分から率先して物事を立ち上げたりすることはほとんどありませんでしたが、色々なことについても自分から発信していくよう心がけています。

結果、空回りして、なんとなくスタッフと自分との間に距離を感じる時期もありましたが・・・
勤務医の時には、何も考えなくてもスタッフ同士で仲良くやれていました。今は医院のことを第一に考えた時、伝えなければならないことも沢山でてきます。

楽しくやりたい。でもそれだけではダメ。

自分の未熟さ故その狭間で葛藤し、悩んだことも、一度や二度ではありません。

一人でなんとかしようとすればするほど、悪循環に陥り・・・「自分はなんて小さな存在なんだ」と痛感すると同時に、「じゃあ一人じゃなくてチームで強くなればいいんだ!」と考えるようになったのです。

日々悩むこともありますが、今、私の周りには、私以上の行動力と優しさで支えてくれる素晴らしいチームメンバーがいます。このメンバーとなら、どんなことでも実現していけると確信しております。

そして、私がこれだけ仕事に打ち込めるのも、いつも支えてくれている家族がいるからです。

勝沼歯科医院で働いていることをとても幸せに、そして誇りに感じています。

実家に戻り7年目に入りますが、止まっている暇はありません。

これからより良い歯科医院にしていけるよう精進してまいります。